【3/27~3/29】天皇陛下、最後の沖縄訪問…. 天皇陛下が米軍による沖縄占領を望んだ「天皇メッセージ」知ってますか

1: 風吹けば名無し@無断転載禁止
天皇“最後の沖縄訪問“ 27日から29日まで
2018年3月27日 11時0分
https://news.infoseek.co.jp/article/litera_7719/
きょう27日から29日まで、沖縄県を訪問する天皇と皇后。
与那国島も初めて訪れる予定だが、今回の沖縄訪問には天皇・皇后の強い希望があったと言われる…
 


 
 
 
 
 
■天皇メッセージとは

>昭和天皇が1947年9月、側近を通して連合国軍総司令部(GHQ)に対し、沖縄の長期占領を希望することを口頭で伝えた。

>その内容は「米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう天皇が希望していることを言明した。天皇の見解では、そのような占領は米国に役立ち、また日本に保護を与えることになる」とした。
「天皇メッセージ」 (てんのうめっせーじ)
 
 
 
■天皇メッセージ原文 沖縄県公文書館HP
http://www.archives.pref.okinawa.jp/uscar_document/5392

米国国立公文書館から収集した“天皇メッセージ”を公開しました。(平成20年3月25日)

同文書は、1947年9月、米国による沖縄の軍事占領に関して、宮内庁御用掛の寺崎英成を通じてシーボルト連合国最高司令官政治顧問に伝えられた天皇の見解をまとめたメモです。

内容は概ね以下の通りです。
(1)米国による琉球諸島の軍事占領の継続を望む。
(2)上記(1)の占領は、日本の主権を残したままで長期租借によるべき。
(3)上記(1)の手続は、米国と日本の二国間条約によるべき。

メモによると、天皇は米国による沖縄占領は日米双方に利し、共産主義勢力の影響を懸念する日本国民の賛同も得られるなどとしています。

1979年にこの文書が発見されると、象徴天皇制の下での昭和天皇と政治の関わりを示す文書として注目を集めました。

天皇メッセージをめぐっては、日本本土の国体護持のために沖縄を切り捨てたとする議論や、長期租借の形式をとることで潜在的主権を確保する意図だったという議論などがあり、その意図や政治的・外交的影響についてはなお論争があります。
≫PDF画像(2頁)(226KB)

 
 
 
 
■なぜ天皇は米軍に沖縄の長期占領を望んだか? 一部背景
日本はなぜ、「基地」と「原発」を止められないのかより

1945年2月14日 近衛上奏文 (終戦約6ヶ月前 1945年8月15日終戦)
第二次大戦末期、敗戦した場合に国内に存在する天皇制に反対する共産主義者の革命を危惧する
P247-P248




1945年7月、中立条約を結んでいたソ連に対し和平交渉を算段する

和平交渉の具体的条件

「国土については、将来の再出発のことも考え、なるべく多く残すよう努力するが、最悪の場合『固有本土』が残ればよしとする」

そしてその「固有本土」とは具体的になにを意味するかというと、

「沖縄、小笠原島、樺太を捨て、千島は南半分が残ればよいとする」

というものだったのです。

この計画が立てられた前月、6月23日には沖縄守備隊が壊滅し、沖縄戦が終わりを迎えています。
沖縄県民の4人に1人が犠牲になったという、すさまじい戦いでした。

しかしそれだけの犠牲をはらって、本土の防波堤として戦った沖縄は、その直後、すでに昭和天皇および日本の支配層から切り捨てられる運命になっていたのです。

この「固有本土ではない」という認識が、このあと紹介する昭和天皇の「沖縄メッセージ」のひとつの原因になっていくことになります。
P250-P251



8月6日 広島原爆投下
8月9日 ソ連参戦 長崎原爆投下
8月15日 終戦

最終的に8月になって降伏を決断するとき、決め手になったのは、8月6日の広島への原爆投下ではなく、やはり8月9日のソ連参戦でした。

広島への原爆投下については「調査中」という理由で、その事実を国民に隠したままやり過ごそうとした日本政府でしたが、ソ連の本土上陸だけは絶対に回避しなければならなかった。
そうした共産主義への恐怖が、このあとご紹介する、朝鮮戦争が勃発した翌日の「ダレスへの天皇メッセージ」(1950年6月26日)につながっていくことになるのです。
P249-P250



戦後日本の安全保障政策に関し、最初に日本政府の頭越しに出された昭和天皇の提案は、1947年9月19日の「沖縄メッセージ」でした。
※沖縄メッセージ=上記公文書館の天皇メッセージ
P252



1950年6月26日朝鮮戦争勃発した翌日、先の共産主義革命への恐怖などから米軍の駐留を求める「ダレスへの天皇メッセージ」が口頭で伝えられる
口頭メッセージを文書化する作業の時、天皇の側近が
「朝鮮でアメリカが負けたら、われわれ全員処刑でしょうなぁ」と発言
P261-P262


 
 
 
経緯をまとめると
終戦間近、天皇と日本の支配者層は敗戦による戦争責任とそれに乗じた共産主義革命を危惧していた
終戦後、完全非武装化と米軍駐留に意見は分かれるも、天皇が日本政府の頭越しに直接マッカーサーへ沖縄メッセージが伝えられる※沖縄メッセージ=上記公文書館の天皇メッセージ
朝鮮戦争勃発した翌日、日本政府とマッカーサー(GHQ)も飛び越えて直接ダレス(アメリカ国務省)に「ダレスへの天皇メッセージ」が伝えられた

つまり戦後、日本の安全保障のため(天皇制保持のため?)に沖縄が差し出されたが、その流れが今も続いている
 
 

画像 防衛省 沖縄の基地負担減についてより
 
【沖縄復帰45年】依然、米軍専用施設の70%が集中 本島の15%占める
http://www.okinawatimes.co.jp/articles/-/97464

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